「感動」についてぶんせきしてみた 

    カテゴリ:町工場女的日記

    前回のつづきっていうか
    まあ、エンタテについてのウンチクです。
    オチないです。絵もないです。
    スミマセン(汗




    マスコミにインタビューされるスポーツ選手のなかにときどき
    「感動を与えたい」
    ってコメントする人がいるじゃないですか。
    まりコはあれ聞くと、なんだかとってもムカつくのです。
    与えるって、なんだ。
    なんだその上から目線。
    感動って、自主的にするもんじゃん?
    与えられるもんじゃなくない?


    そもそもなんで
    「感動」
    するんだろう、
    とおもいかえしてみると
    そのひととか、団体とかがもっている
    「世界」
    に共感するからなんではないかなと、さいきんとっても思うです。
    「世界」っちゅーのは
    スポーツだったら、イチローの淡々とした表情に見え隠れする覇気とか
    音楽だったら、フォーレのやわらかい空気感とか
    絵だったら、ラッセンの奥行きのしれない空間とか
    たとえばそんな感じのことなんですけども、
    その「世界」が、
    見せ手と見手でおたがいに響きあったとき、
    ことばとか音楽とか映像で送った情報以上に
    なんかこう、のうみそのなかで共振して増幅されて
    喜ぶ、怒る、泣く、笑う、
    ドキドキしたり、ハラハラしたり、ほっとしたり、
    感情がぐわぐわーんと
    ゆさぶられるんではないのかなと。
    つまりスポーツも、演奏も、絵画も、演技も、
    けっきょく伝える「手段」でしかないから
    どんなに上手だとしても見てるほうで受け取れなかったら感動できなくて
    逆に言うと、
    しょうしょうヘタクソだとしても
    そのひと、団体の「世界」がしっかりしてると
    なんかしら伝わるんじゃないかなとおもうです。
    よく言うじゃないすか、『音楽に国境はない』とかさ。

    でですね、エート、つまりおまえはなにが言いたいねん?
    っちゅーハナシですが、
    せんじつの舞台
    「発進!オーライ!」
    でまりコがかんじたものは
    そういう作り手の「世界」なんじゃないかなと
    だから、なんだかりゆうはわからないけど
    いろいろ考えたり、
    こんなに支離滅裂な感想をかきたくなったりしてるんではなったんじゃないかなあ
    という、まあ言い訳ですな。
    げほげほ。


    「発進!~」の劇団ハートフルランドは
    ハートフルな笑いがおハコなんだそうですけれども
    こんかいあえて社会派ぽいモチーフにとりくんだのは、
    やっぱし、脚本家はじめ演者のかたがたに
    黙ってはいられない、叫びたいよーな、
    なんかこうエネルギーがあったんじゃないかなとおもうのね。
    劇中、なんども繰り返される
    「立候補するかしないかが問題ではない
    議員になって、なにをしたいか、ですよ」

    というセリフは、
    エンターテナーのみならずいまの政治家そのものにもあてはまる。
    管総理じゃダメだということはわしら庶民のおおくがおもっていても、
    管氏をおろしたい「だけ」の政治家なんぞ、それいじょうにゴメンじゃないですか。
    そもそも政治家が夢を語らなくてだれが語るんだ。ねえ。
    あ、まあそっちの話はきりがなくなるからいいや。



    考えてみますとですね、まりコがはじめてSF氏に興味をもったのも
    ネットで彼の同人小説にを読んだときがはじまりなので、
    なんで興味をもったかとゆーとまぎれもなく彼の世界観に共感したからで
    それがハンパなかったもんだから、なにをまちがったか惚れてしまったのかなあ、
    なんて、劇をみた帰りのでんしゃのなかでおもいましたです。
    だから少々だらしなくても部屋を片付けなくても
    キライにはならないんだろうね。
    フシギなものだなあ。

    だからね、ひるがえってじぶんのこともですね
    これからもヘタなチェロとかイラストとかこのブログもそうだし、
    もっというと根本的にまりコが生きていくにあたって
    ちゃんと
    「じぶんの世界」
    をしっかりと持とうと、
    そんで、それを表現していこう、と
    思いをあらたにしたしだいでござる。


    などと書いておきながら
    読み返してみるとこれまでに例を見ないクドイさに仕上がってございますが
    けしてそれがまりコの表現したい世界観ではないんですほんとうです。
    うひん(汗



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    コメント

    No title

    ムカつきまではいかないけれども、「う、う~ん」となりますね(汗)。

    誰が何を言うのも自由だけど、

    なんかイマイチな事言ってんな~って(笑)。

    きっとそのスポーツやその人が好きな人には共感出来てそのセリフもすんなり入るのだと思う。自分スポーツ全く見ないもので。

    議員さんを批判するのもいいし、最近批判するブログも増えてきたけれども、どうも同じ価値観の人同士の話にしか見えなくて。なんというか内輪ウケの話に見えまして。。

    知らない人に警鐘を鳴らしているつもりなら、それがどんなクズ議員だとしても、顔写真を下品に加工して揶揄した画像をUPしたりしないと思うんだ。

    No title

    >かげさま
    そんなサイトがあるんですか?
    文字通り目を背けたくなりますね。。。(涙

    No title

    おはようございますまりコさん。

    ああ私も思っていました『感動をあたえる』という言葉を使うスポーツ選手をみるたびに。
    わたし、思うんだけれど結局言葉の意味とかそういうのを考えず、自分の気持ちを言葉に出来ないから、ありふれて一人歩きしている『感動を与えたい』という言葉を使うんでしょうね。

    でも私の想像だけれど、イチローはけして『感動を与える』ためにプレーしていませんよね? 彼はなんて言っているかしらないけれど。

    日本の政界をインターネットで見るたびに、なんだか『がっくり』しちゃうけれど、こんな時だからこそもっと菅さんに協力してもいいのにね。
    (私はけして民主党派でも他の政権派でも無いけれど)
    被災を良いチャンスだと思って争うっている暇なお役人たちとしか思えません。なんか憤りを感じます。


    No title

    「感動をあたえる」もそうなんですが、

    「感動をありがとう」にもなにかこう背中にぞくぞくとするものがw

    マスコミ用語を真似してるだけかなと思ってます。

    その選手のスポーツってなんだろう。上から目線を嫌うファンが多い感じの、私の好きなサッカーだと非難の対象になるかも。

    No title

    >なおみんさん
    そそ!なんか、言葉を安易につかってるというか、
    軽々しく扱いすぎててなんだかなと思うです。
    「きっと、スポーツ以外のことは何にもしらない人なんだなー」
    って。

    それでも競技している姿がほんとうに胸をうつくらいだと
    「ああ、不器用さんなだけなんだ」
    って思って、気にならないんですけれどね。
    反面教師にしたいです。

    No title

    >一言さん
    脳裏に浮かぶのは陸上とか水泳とかジャンプとかですね。
    個人競技なのかな。
    サッカーでは聞かない気がしますねたしかに。
    そっか、そもそも
    マスコミのボキャブラリが貧相になってるのかな。

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