27年 

    カテゴリ:町工場女的日記

    暑い日だった。
    外来病棟をすぎるとエアコンは無くて
    開け放たれた廊下の窓からせみの声がよくきこえた。
    目的の部屋に近づくと入り口の扉はあけっぱなしになっていて
    白いカーテンがそよ風になびいていた。
    壁も、カーテンも、ドア枠もぜんぶ白くて、
    清潔というより殺風景だった。

    部屋に入ると叔父や叔母が、何人も来ていて
    丸椅子に座って談笑していた。
    中央のベッドで半身を起こしていた母の顔が
    わたしと弟の姿を見て、ほころんだ。
    あんなにうれしそうな母の顔を見たのはひさしぶりだった。
    瞳が、まっきいろだった。


    そんな母にむかって
    私はののしりの言葉をなげた。
    わるいのはあなただ。
    あなたが自分の不摂生で、
    ここまで病気を重くしたのだ。
    そのせいで、父も、叔父叔母も祖父祖母も、
    私も弟もみな
    もう何年も何年もたいへんな思いをしているのだ。
    わるいのはあなたなのだ、と。


    母が泣き出した。
    「どうしてそんなこと言うの」
    と、黄色くなった眼を充血させて
    いやいやするように泣いていた。
    私は病室を飛び出して
    「戻ろう?ちゃんと謝ろう?」
    と引き止める叔母を無視して、
    ずんずん廊下を歩いた。
    弟がだまって、ついてきた。
    正面玄関でタクシーをひろった。
    偶然、来るときのドライバーと同じ車だった。
    「もう帰るの?」
    ドライバーのおじさんが
    怪訝そうに言った。


    未熟だったといえば、
    11歳の私だけでなく
    35歳の母も、42歳の父も
    みな、未熟者だったのだろう。
    「親不孝者ーっ!」
    うちについてから、弟が顔を泣き腫らしながらくってかかった。
    「あんたにこの気持ちがわかるものか!」
    私も顔を泣き腫らして言った。
    なにごとかと、キッチンから祖母がとんできた。
    そのあとのことは
    よくおぼえていない。

    母が彼岸の人となったのは
    その2日後の未明だった。
    わたしはとうとう
    「ごめんなさい」を言えなかった。





    もう、
    27年もまえのことだ。

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